ponsharaの読書日記

飢餓海峡』 水上勉著  ★★★★★   ネタバレ

1962年1月から1962年12月まで週刊朝日に連載されたものの完結にはならず、その後、加筆し1963年朝日新聞社にて刊行(Wikipediaより)

 映画を見てから、原作小説を読んだ。著者自身が、映画の出来を誉めていて、映画のおかげで、原作小説が余計に売れたと喜んでいると解説に書いていた。

 映画は、確かに原作を簡略化し、ある部分は情感豊かに深く描かれていた。

小説は、当時の時代背景がとても詳しく描かれており、映画ではカットされていたエピソードにも、秀逸なものが多かった。

小説の時代背景は、昭和22年から32年までの10年間。戦後混乱期の北海道、下北、東京の様子がとても詳しく描かれており、映画ではカットされていたエピソードにも、秀逸なものが多かった。

 昭和29年9月26日、洞爺丸の遭難事故と、北海道岩内大火が同時に起きた事件にヒントを得て、水上は極貧のある男がこのどさくさを利用して、強奪した大金を元手に大儲けしていく物語を思いついたのだという。津軽海峡を「飢餓海峡」と呼ぶのは、内地から開拓に来た人々の極貧の生活を、表している。

 また、昭和33年に施行された「売春防止法」前夜の、売春宿の様子も詳しく描かれている。女性の人権を守るために、この法律を作った側は立派だが、実際にここで働いていた女性は、この仕事を選び、故郷の家族のために仕送りをしていることに誇りを持って、助け合って働いていた一面もあったようだ。

 ヒロイン八重の友人で、かつて大湊の「花屋」で一緒に働いていた元娼妓の時子は、東京へ出て、堅気の仕事をするつもりだったのに、結局黒人兵のオンリー(日本駐留時の妻)となっており、三度も妊娠中絶を繰り返していたという件、胸が苦しくなった。彼女は、故郷の家族に仕送りをするために、売春婦を続けていたのだ。しかし、相手の黒人兵は、彼女が肺結核に倒れたときには入院費を払い、看病してくれたという件には涙が出た。

前半は八重の物語、後半は犬飼と名乗っていた、樽見京一郎の生い立ちの物語となっている。写真照合ができなかった時代、六尺の大男という特徴が、多くの人の記憶に残ってしまう。

懸命に働いても働いても、報われない最下層の労働者たち。たまたま手にした大金を元手に、食品会社を起こして大成功を収めた彼は、出身の村のみならず、世話になった恩人のために、周りの人々のために尽力し大金を寄付している。

八重が彼を訪ねてくるきっかけが、刑余者更生のための3千万円の寄付をしたという新聞記事だったとは。なんという、皮肉だろうか。八重は、絶対に樽見が不利になるようなことを誰にも言おうとはしなかっただろう。それなのに、樽見は自分の過去を知る八重を毒殺してしまう。その現場を見られた書生の竹中まで、殺してふたりを心中に見せかけようと海へドボンと捨ててしまう。これは、短絡的すぎた。あまりにも、酷い。

刑事たちの、働きも詳しく描かれていた。伴淳三郎が演じた北海道弓坂刑事は、助演男優賞を受賞したが、小説の中でも彼の姿を想起していた。

これを図書館で借りて読んだが、よれよれで多くの人に繰り返し読まれているのだと、実感した。

 

すべての犯罪の根底には、「貧困」があった。