ponponの読書日記

『逆ソクラテス』 伊坂幸太郎著  ★★★★★  

『重力ピエロ』『ゴールデンスランバー』を書いた人が、これを作家生活20年の節目の結果として書いた作品だという。

 30代の冴えないサラリーマンが、小学校時代のことを思い出すという形の、表題作他「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」

の5つの短編集である。

 『逆ソクラテス』は、こどもがこんなことできるだろうかというファンタジー。大人の童話。先生が期待すれば、その子は伸びるが逆に「お前はだめだな」と言われ続ければ、萎縮しますますその子はだめになっていく。教師期待効果という言葉があるそうだ。しかし、大人びた転校生安斎(小6)は違った。何でも決めつけて自分のものの見方を、変えようとしない久留米先生に対して、一泡吹かせようと言うのだ。いや、自分達の後輩たちのなかにも、同じ思いさせられて、自分の未来に自信が持てないようにならないように、と。

 草壁くんは、低学年の頃、ピンクの服を来てきたことがある。それを見た久留米先生が、「なんだその格好は、ピンク色は女が着るものだ。お前は女か」と言ったことがきっかけで、皆から笑われて「くさこ」と呼ばれたりしていた。勉強も運動もできない彼は、野球帽で顔を隠して、誰とも口を利かない生徒となっていった。

 小6になって、やって来た転校生の安斎くんは「僕はそうは思わない」と言った。安斎は、ソクラテスが言った「私は何も知らないことを知っているから、何でも知っていると思っているやつより、まだましだ」ことを、久留米に知らせたくなったのだ。

 逆ソクラテスの久留米をやっつける作戦は、こどもらしいが・・・。

 最初の場面と、終わりの場面でこの作戦の結果がどうなったかが、示される。

他の物語も、いじめの加害者の苦しみ、いじめをしないではいられないものへの哀れみや、虐待されているのではと同級生を思いやり、ドローンで彼の部屋を、覗こうとする話、バスケット部の最後の負け試合の話、・・・。どれも面白くて、また哀しくて切なくて、しかし「真実」が描かれているので、心が動かされて涙が流れた。

 どうか、これをすべての教員に読んでもらいたい。ひとりぼっちの若者にもお勧めしたい。

 

『i』  西加奈子著  ★★★★★

 iは、愛、出会い、私、アイデンティティーのi、そして、二乗するとマイナス1になる虚数の記号。

 アイという名前の主人公は、シリア難民のこどもらしいが、その出自は明かされていない。彼女はアメリカ人の父親と日本人の母親の養子となる。彼女は真っ白な肌と、漆黒の黒髪の美しいこどもだった。

アメリカのニューヨーク、高級アパートで育ち、父親の勤務が日本になったので、思春期を日本で過ごす。

彼女は、自分が衣食住と養親からの愛情をたっぷり与えられて、何不自由なく暮らせることに、もの心がついた頃から、ずっと苦しみ続けてきた。「何故私が、こんなに裕福に暮らしていてよいのか。私以外の誰でも良かったのではないか」と。

だから、ベビーシッターの女性(シリア難民の一人)の娘たちが家に来遊びに来たときに、ひどい性的ないじめを受けても、相手に申し訳なく思い、耐えるのだった。

養親は、世界中の大災害・不幸な事件や事故、紛争に心を痛めて、救済したいと考えて実践している人たちだった。また常に、こどもの意志を尊重しアイの幸せを第一に考える人達だった。

だから、アイは細心の注意を払って、彼らに「幸せです」と見せかけて、自分の苦しい胸の内を覗かせないようにして生きてきた。

ひとりぼっちで。

彼女が、父親の転勤に伴って人種の坩堝であるニューヨークから東京に来て、「皆が同じ格好をして自己主張をしないでいられる日本を、居心地が良いと感じた」という箇所が、面白かった。確かに、目立ちすぎる容姿と頭の良さを、アイはまったく主張したくなかったのだろう。

さて、「存在しない数字・虚数を表すi」を習ってから、アイは数学が好きになり、自分を存在しないヒトとして、心慰めるようになる。

だが、・・・高校生になり、初めてできた友人は、アイの孤独な心をそのまま好きになってくれたのだった。

「私はここにいません」と言っていたいが、「あなたが好き」と言って寄り添う友人(昆布屋の跡取り娘)ミナは、底抜けに明るく素直な女性で、アイを現実の世界に引っ張り出した。

この物語は、アイの魂の変遷、成長の物語なのだが、彼女の生きる舞台は現実の世界である。

彼女は日本のみならず、世界中に起きている災害、事故、事件による大量の死者数をノートにずっと書き綴っていた。どうして、あなたが死んで、私は生き残っているのか。自分はたらふく食べて肥え太っているのに。とずっと悩み続けていた。ミナと出会ってからも、それはやめられない。

アイが大学で数学を学んでいるとき、東日本大震災が起きる。両親はアメリカに戻っていて、彼女は一人暮らしだった。恐怖のどん底を耐えた経験が、彼女を目覚めさせた。

津波の後の、福島第一原発事故により、東京も非常に危険だから、アメリカへ来るようにと、両親から何度言われても、アイは「被災」したかった。

生まれてはじめて両親に逆らい、アイは「被災地」で暮らし続ける。

やがて、第二の出会い。原発反対デモに見知らぬ人からビラを渡されて、何気なく参加したアイは、その後デモ専門に撮影している「ユウ」と出会う。そして、彼と初めての恋愛をするのだ。

彼女が、心身を開いて愛し合う人と出会ったことで、またアイは変わってゆく。

果たして、アイは恋愛によってどう変わっていくのだろうか。

・・・ 

哀しみに出会うことで、もしかしたら自殺を選んでしまう人もいるかもしれない。コロナ禍で、日本の自殺者は、かなり増えている。

しかし、自分の哀しみに耐えることで他の人のそれぞれの哀しみ、悩み苦しみに共感して「ひとりじゃない、苦しいのは」と思えたら。生き続けられるのではないか。

共に苦しみ悶えても、そんなことでは何も解決できないし、なんの結果も結ばないから、他者のことで心を遣うのは馬鹿らしい、無意味だという考え方もある。

全くそのとおりだろう。

だが、しかし。

苦悩している人が、どう生きてどう変わっていくのか、私達は、アイを通して西加奈子の答えを見ることができる。

 

若い、引きこもっている人に是非これを読んでみてほしい。62歳のばあさんでも、共感し、共鳴し、登場人物とともに泣きました。

TVアニメ「エヴァンゲリオン」の最終回でも語られたテーマです。

表紙の絵が、とても派手派手しいのですが、これは著者が描いたものでした。私は、はっと思いました。

最後の場面、まさにあの文章が表現されていると。

 

この絵が素晴らしいので、模写して部屋に飾ろうと思います。

 

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コロナ不況による、ますますの出版不況で本が売れないそうですが、不況を引き起こしている張本人として、謝りたいと思います。

作家の皆様、出版業界の方々、本屋さん、ごめんなさい。

○貧な年金生活者のぽんしゃらは、新刊本や話題の本、古今東西の名作を、自腹で買うことができません。図書館で順番を待ってから、読んでいます。

自分の感想と記録を付けるために、ブログを書いていますが、もしこれを読んだ方が、自分も読んでみようと思ってくださったら嬉しい限りです。