ponsharaの読書日記

『誘拐』  本田靖春  文藝春秋刊 1977年  ★★★★☆  ネタバレ注意!

奥田英朗著 『罪の轍』の元ネタ、昭和38年に起きた吉展ちゃん誘拐事件のことを詳しく知りたくて、ノンフィクションである本作を読んだ。

作者は、読売新聞社記者だったが、後にノンフィクション作家、評論家となる。

 

4歳の吉展ちゃんは、同年齢の子より小さい(身長100センチメートル)が、自分の名前や自宅住所と電話番号を言えるこどもだった。

公園のすぐ近くの家に住んでいるので、ここで遊んでいて誘拐されるなど誰が想像できただろうか。また、彼の父親は大工で家は数人の職人を抱えているとはいえ、小さな工務店である。そして、当時としても、少額の50万円を身代金に持って来い、と犯人は言った。

 つまり、犯人はなんの下調べもしていない。ただ、公園で吉展ちゃんの姿は以前から見かけていた。だが、計画性は皆無であった。

その日はたまたま、母と離れて吉展ちゃんを祖母が見ていることとなった。母と妹は、頼まれて、ある集会へ出かけたのだ。吉展ちゃんも行くはずだったので、たまたま彼はよそ行きの服装をしていた。

たまたま、吉展ちゃんは近所の人からもらった、大きなアメリカ製の水鉄砲を持っていた。これは高価なものだった。ただし、壊れているからとくれたものだった。

たまたま、吉展ちゃんは、トイレでこれに水を入れようとして、壊れていて使えないことを、犯人に見られて「おじさんの家へ行って、直してあげる」と言われる。

 

犯人は小原保。彼が誘拐を思い立ったのは、たまたま見た、映画『天国と地獄』の予告編で、こどもをさらえば、10万円の借金は返せる。と思いついたという。

しかし、吉展ちゃんにターゲットを決めたのは、このような「たまたま」がものすごく重なったことによる。

本当に恐ろしいことだ。ひとつでも、その事実がなければこの事件は回避できたかもしれない。

 

小原の出自、生育環境、足が不自由になったことが詳しく書かれている。

彼が生まれたのは福島の寒村で、土地が痩せている。極貧の暮らしだった。しかし、両親はこどもを大切に育てている。

彼は、11人兄妹の10番目に生まれた。血族の中には心身の不自由なもの、精神疾患のものもいて、既に亡くなっている兄、姉たちもいた。

彼は、右足が不自由だった。それは藁草履で歩いていて冬あかぎれができ、そこへバイキンが入ったことにより、化膿し骨髄炎になったからである。数度の手術後に、父親の厳しい特訓で杖をつかずに歩けるようになったのだが、周りのこどもたちからは、差別やいじめを受けてきた。

だからといって、誘拐犯になっても良い訳はなく、2年以上彼は自白せず証拠不十分で釈放されるまで、あとわずかなところまで粘った。

 

一番恐ろしいのは、小原自身こども好きで、よく遊んでやる男だったこと。その彼が、わずか10万円の借金を返すために、・・・。このようなだいそれたことをして、そしてしゃあしゃあと身代金を獲り、借金を返し大盤振る舞いをして、大言壮語を吐くところだ。また、病気の父親に、犯罪で得た金を与えて、「最後の親孝行」をするところだ。

 

一方、吉展ちゃんの家族は皆、犯人を捕まえることより彼の命を助けたいと、警察が新聞紙で作ったニセの50万円を渡しなさい、と言っているのに、銀行へ行って下ろしてきて、犯人の指定通りの場所へ渡しに行ってしまう。

 

いきあたりばったりで、この犯行をしているので、小原は何度も場所を変えて、刑事がいるかどうかを確認している。

しかし、とうとう犯人から自宅からすぐそばに指定されて、逮捕するための作戦を決める前に「すぐ持って来い」と言われて母親は、急いで家を出てしまう。

刑事たちは、札の番号を控えることもできなかった。

・・・

当時、テープレコーダーはまだまだ出回ってはいない。吉展の父親は、人に頼んでこれを借りて、犯人からの電話の声を録音しようとした。

その後、警察側も機器を準備して受話器に取り付ける。逆探知は、まだできなかった。電電公社が通信の秘密を冒すことはできないと、つっぱねていたからだ。

 

しかし、犯人からの声を公開して情報を募ると、ものすごく大勢の人から心当たりがあるという声が寄せられた。早くから、小原は容疑者として名前が上がっていた。

身内、とくに彼の弟は「やつに違いない、急に金回りが良くなった」と警察に通報するのだが、・・・

小原の良心を呼び覚ましたのは、かの有名な「平塚八兵衛」刑事だった。

 

ああ、吉展ちゃんは、なんと誘拐されたその日のうちに絞殺されていた。小原は、「殺したこども」の身代金を略奪したのだった。

村越吉展ちゃんは、殺されるまで男を信じていたのだろう。墓の中に、彼は2年間も埋められていた。

小原の供述通り、死体が出てきたという一報に、お母さんは卒倒してしまった。

 

全国から励まし、犯人の情報が村越家に届けられた。

吉展ちゃんはある山奥で元気に生きているという電話があり、実際に警察と祖母が現地を訪ねることもあった。

その一方誹謗中傷して、苦悩する家族をいたぶろうとする輩や、宗教の勧誘、占い師などもやってきたという。

 

コロナが明けたら、吉展ちゃんの慰霊のためのお地蔵さんにお詣りに行こうと思う。

ponも、この事件を知ったからには、ご遺族のご心痛に、寄り添い吉展ちゃんにお花を供えたいと思った。

 

事件から8年、小原の死刑が執行された。

だが、「事実は小説より奇なり」

彼は真人間になれと母に言われて、平塚刑事に白状して、吉展ちゃんの冥福を祈り続けて短歌を作るようになった。

 

昭和万葉集に、彼の句が掲載されているという。こちらも、読んでみたい。

 

マイナス1★は、文化放送の局員が小原の声をインタビューで録音した件、その後どうなったか、詳細が書かれていなかったので。

 

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20年前に読んだ誘拐小説、宮部みゆきの『模倣犯』も読み始めた。こちらは映画にもなったので記憶がごっちゃになってしまった。宮部の小説は読みだしたら、止まらない。しかし、もう老眼だし体力もないのだから、加減して読み進めたい。