山田美幸さん讃

パラリンピックが終わっっても、先手たちの活躍にまだ興奮が冷めない。とくに、山田美幸さんと鳥海連誌くんの活躍が目に焼き付いてしまった。

 

山田さんは、S2クラス(障がいが2番目に重い)の背泳ぎ50、100メートルで銀メダルを獲得した。パラリンピック史上、日本人最年少のメダリストが誕生したのである。

彼女が、両腕が無く足の長さも左右で違う姿で、車椅子に乗って登場したとき、あっと私は驚いた。

四肢に障がいのある人が、競泳に挑む。

 

しかし、その速いこと速いこと。金メダルの人には、両腕が有る。力強く水をかき分けることができた。そして、ゴールのとき伸ばすことができる腕があった。

だが、頭、体幹、長さの違う両足でバランスを取り、自分の体を最高に使いこなして、美幸さんはこのクラスで世界の第2位となったのだった。これが、驚かずにいられようか。

 

今までの彼女の努力を思った。そして、この子に水泳を習わせようと考えたご両親の英断、勇気を思った。小児喘息の治療のため、風呂で溺れないためにというが。

また、受け入れた新潟のスイミングスクールも素晴らしい。

(片腕の先が欠損している一ノ瀬メイさんは、小学生の頃、入会を拒否されている)

 

自分のこどもに、何か障がいがあったら、誰もが驚き、嘆き悲しみとくに、母親は自分を責めることだろう。そして絶望するはずだ。

だが、今回のパラリンピックで、多くの生まれつきの障がいを持つ人々のパフォーマンスを見れば、その赤ん坊は長じてから、スポーツができるようになるかもしれないし、金メダルを獲得するかもしれない。何も、心配いらないのだとわかる。

生まれてきたこどもの可能性は、障がいのあるなしに関わらず無限にあることが、わかった。

悲しむことはないのだ。

(無論、パラリンピックの舞台に立てるまでになる人は、エリート中のエリートである。世界中のほんの4千人に過ぎないのだが。)

生まれてきたこどもは、誰もが祝福されて、そのままの姿で受け入れられ、大切に育てられなければならない存在だと、あらためて実感した。

 

彼らの側に障がいがあると呼んで、障壁を作っているのは社会の仕組み、大多数の健常者側の物の考え方であると、メイさんも言っていた。どのような姿で生まれてきても、命の尊厳は等しく、能力に差異があろうともそれを認めて、尊重される社会にしていかねばならない。

 

また、病気や怪我で中途から障がい者となる人も少なくない。世界では、15%の人がなんらかの障がいを持って生きているという。だが、精神面の障がい者を入れると、果たして健常者は85%もいるだろうか。障がいや傷は身体のみならず、心にも負う。

様々な問題や傷を抱えて生きているのが、私達なのだ。

私達は、差別や偏見をなくし、誰もが自由に生きられる社会にしていかねばならない。共感できない人もいる。しかし、共存はできるはずだ。自分と違う考えや性状のものは、排斥して良し、とはならない。ましてや、弾圧したり殺戮することなど、到底許してはならぬ。

 

 

 

 

山田美幸さんの頑張りが、私の心を奮い立たせてくれた。

彼女は、足の指で鉛筆を握り、パソコンの操作をして文字を書き本の頁をめくるのだろう。成績も優秀なようだ。将来は外交官を目指して英語を頑張っているという。彼女なら、外交官になれるでしょう。きっと。笑顔を見て、ponは確信している。

 

お父さんが2年前にすでに他界されているという。銀メダルを獲得した姿を、天国から見ておられるとは思う。しかし、お父さんの喜ぶ姿も、見たかった。残念だ。

かっぱのように、お父さんは泳ぎが得意だったそうだ。美幸さんも「かっぱになった」と言っている。

 

ponは、かっぱのストラップを作って、彼女に贈ろうかな。パリ大会では、金メダルを!